ラインラント-プファルツ州のエルツ城の外観

エルツ城を巡る旅! ラインラント-プファルツの隠れた名所を探る

800年以上の歴史を刻む、森の中のエルツ城

Burg Eltz in Rheinland-Pfalz

ドイツを代表する古城のひとつ、エルツ城(Burg Eltz)。

森に囲まれた谷の奥に姿を現すその姿は、まるで中世からそのまま残されたようにも見えます。けれども、エルツ城の魅力は、その美しい外観だけではありません。

なぜ、この城はこんな場所に築かれたのでしょうか。

そして、なぜ何百年もの間、増築を重ねながら現在の姿を保つことができたのでしょうか。

その答えをたどると、エルツ城が単に「美しい古城」なのではなく、モーゼル、マイフェルト、アイフェルを結ぶ土地の歴史と、そこに生きたエルツ家の歴史が重なってできた城であることが見えてきます。

1268年以降、エルツ城では同じ一族の複数の家系が城を共同で所有し、それぞれが居住空間を築いていきました。限られた岩場に建物を上へ上へと増築していった結果、現在のエルツ城独特の姿が生まれたのです。

この記事では、エルツ城の歴史や建築、城内の見どころを紹介しながら、「なぜエルツ城は今の姿になったのか」という視点から、この古城を探っていきます。

ドイツの古城をモチーフにした、ドイツ探検隊のサイトファビコン エルツ城の歴史

エルツ城は、なぜこの場所に築かれたのか

エルツ城があるのは、ラインラント=プファルツ州北部、ヴィルシェム(Wierschem)近郊のエルツ川の谷です。現在は森の中にひっそりと佇む城ですが、この立地には歴史的な意味があります。

城は、モーゼル、マイフェルト、アイフェルを結ぶ交易路を守るための重要な場所に築かれました。エルツ城の公式資料によれば、この場所にはケルト時代やローマ時代の防御施設の痕跡も残されています。

現在のエルツ城を見て「なぜこんな谷の中に?」と感じるかもしれません。しかし、かつての交通や地形を考えると、この場所は単なる人里離れた場所ではなく、周辺地域を結ぶ道を見渡す意味を持っていたのです。

1268年、エルツ城は「共同所有の城」になった

エルツ城の歴史を理解するうえで重要なのが、1268年です。

エルツ家では、ルドルフの子孫にあたるエリアス、ヴィルヘルム、テオデリヒの3人によって家系が分かれ、城と所領も3つに分けられました。

しかし、城そのものを完全に分割して別々の城にしたわけではありません。

3つの家系がエルツ城を共同で所有し、それぞれの居住空間を城内に築いていくという形がとられました。このような共同相続・共同居住の城はドイツ語で「Ganerbenburg」と呼ばれます。

この仕組みが、現在のエルツ城の独特な建築につながっています。

限られた岩場に新しい住居を建てるため、建物は横へ広がるのではなく、上へ上へと増築されていきました。エルツ城では13世紀後半から17世紀にかけて建築が続き、現在の複雑な姿が形づくられていったのです。

つまり、エルツ城の「おとぎ話のような姿」は、最初から一つの設計図によって作られたものではありません。

何世代もの家族が同じ城で暮らし、それぞれの住居を加えていった結果なのです。

エルツ抗争――城をめぐる戦い

1331年から1335年にかけて、エルツ家はトリーア大司教バルドゥイン・フォン・ルクセンブルクと対立しました。

これが「エルツ抗争(Eltzer Fehde)」です。

バルドゥインはエルツ城に対抗する城塞「トルツエルツ(Trutzeltz)」を築き、エルツ城は投石器などによる攻撃を受けました。

最終的に1333年、エルツ家は降伏し、1335年に和平が成立します。

この出来事は、エルツ城が単なる居住地ではなく、この地域の権力関係の中で重要な意味を持っていたことを示しています。

なぜエルツ城は戦争で破壊されなかったのか

エルツ城について語られるとき、「戦火を免れた城」という特徴がよく挙げられます。

ただし、単に「奇跡的に残った」と考えるよりも、その背景を知っておくと興味深いでしょう。

1688~1689年のプファルツ継承戦争では、ライン地方の多くの城が破壊されました。

エルツ城の場合、エルツ家のハンス・アントン・ツー・エルツ=ユッティンゲンがフランス軍の高級将校だったこともあり、城が公式の破壊対象から外されることに成功しました。

さらに、モーゼル川沿いのミューデンの住民も城の保全に重要な役割を果たしたと、城の公式史料は伝えています。

こうしてエルツ城は大規模な破壊を免れ、現在まで中世以来の姿を伝える城として残りました。

1815年、約550年続いた共同所有が終わる

1268年から続いてきたエルツ家の共同所有は、1815年に終わります。

エルツ=リューベナッハ家が所有していた持分をエルツ=ケンペニヒ家が購入し、エルツ城は再び一つの家系による所有となりました。

その後、1820年頃から近代的な観光が始まり、画家ウィリアム・ターナーや作家ヴィクトル・ユゴー、ドイツ皇帝などもエルツ城を訪れています。

そして1961年から1995年までは、エルツ城が西ドイツの500マルク紙幣に描かれました。

美しい古城として知られるようになった背景には、このような長い歴史があります。

ドイツの古城をモチーフにした、ドイツ探検隊のサイトファビコン おとぎ話の城 エルツ城の魅力

エルツ城の最大の特徴は、まるでおとぎ話に出てくるようなその佇まいです。森に囲まれた渓谷の中にあり、周囲の自然と一体となったその景観は訪れる人々を魅了します。

城内には中世の家具や芸術品が保存され、ガイドツアーで詳しい解説を受けられます。宝物館には、エルツ家が代々所有してきた貴金属や美術品や武具が展示されています。

森と谷がつくる、エルツ城の景観

エルツ城が「おとぎ話の城」のように見える理由は、建物の形だけではありません。

城はエルツの森の中、深い谷に位置し、周囲には道路や現代的な建物がほとんどありません。公式資料によれば、城を取り囲むエルツの森は300ヘクタール以上に及び、その一部はNatura 2000に指定された自然保護地域となっています。

つまり、エルツ城の景観は、

城の建築+谷の地形+森

という三つの要素によって成り立っています。

現代の都市や観光地では、歴史的な建物の周囲に道路やホテル、駐車場などが見えることも珍しくありません。

それに対してエルツ城は、森と谷に包まれた立地そのものが、城の歴史的な印象を支えています。

エルツ城を訪れる際には、建物だけを見るのではなく、なぜこの場所に城があるのか、そしてなぜこの場所が現在まで保たれているのかにも注目してみると、また違った姿が見えてきます。

ドイツの古城をモチーフにした、ドイツ探検隊のサイトファビコン おすすめの見どころ

訪問者は城の入り口まで徒歩またはシャトルバスでアクセスし、その後はガイド付きツアーに参加するのがおすすめです。城内ツアーでは、各部屋の役割や装飾の詳細を学ぶことができます。さらに、城周辺にはハイキングコースもあり、自然を楽しみながらエルツ城を別の角度から眺めることができます。

エルツ城は、どの角度から撮影しても美しく映えるお城です。城へ続く小道からの眺めは、映画のワンシーンのような雰囲気。城の正面にある橋からの撮影ポイントは特に人気です。近くの高台に登れば、城とその周囲の自然を一望できる絶景が広がります。

ドイツの古城をモチーフにした、ドイツ探検隊のサイトファビコン 訪れる前に知っておきたいポイント

城の名前エルツ城 (Burg Eltz)
所在地56294 ヴィースハイム, ラインラント-プファルツ
公式サイトhttps://burg-eltz.de/de/startseite
開園時間

2026年3月29日~11月1日: 毎日 09:30-17:00

入場料一般: 14ユーロ、駐車場: 4ユーロ、シャトルバス: 2ユーロ
おすすめポイント

壮麗な中世建築、豊かな家族の歴史、絶景の渓谷ロケーション

訪問のヒント

ガイドツアー(ドイツ語・英語)、ガイドツアーフライヤーの日本語版あり

最終更新日2025年12月15日

ドイツの古城をモチーフにした、ドイツ探検隊のサイトファビコン エルツ城へのアクセス方法

公共交通機関: コブレンツ駅からバスでアクセス可能。最寄りのバス停「Eltz Burg Treis-Karden」から徒歩で約1.5km。

車の場合: A48高速道路を利用し、Wierschemの駐車場に停めた後、シャトルバスまたは徒歩で到達。

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エルツ城は、その歴史、建築美、自然に囲まれたロケーション、そして伝説的な物語によって、訪れる人々に忘れられない体験を提供してくれる場所です。ぜひ次の探検リストに加えてみてください!

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Nori

東京生まれ、東京育ち。1993年よりドイツに在住。ドイツ国家公認バイリンガルセクレタリー資格を保持者。25年以上にわたり日系企業のトップ秘書として勤務。この経験で培った徹底した情報整理力と正確性、さらにほぼネイティブレベルのドイツ語を活かし、ドイツ語の現地資料に基づく信頼できる古城の情報を紹介。ガイドブックには載らない現地の息遣いと、確かな情報源を両立させた記事が信条です。訪問者の方に信頼できる「あなただけの心の旅」を提供します